ジョセブ・ヘンリーは1878年5月13日、ワシントンで亡くなりました。
ベンジャミン・フランクリンを除けば、彼はアメリカ最大の科学者といえます。
彼はイギリスの物理学者マイケル・ファラデーよりも1年早く電磁誘導を発見しています。
電気モーターをはじめて作ったのも彼である、と多くの人は主張します。
確かに彼がその才能を管理的業務よりも研究のほうに専ら振り向けていたら・・・
彼・・・
ヘンリーはもっと広く認められ、アメリカの科学にもっと多くの貢献をなしたに違いありません。
のちにこれは気象台が天気予報のための気象データを各地のボランティア観測者から集めるのに用いられました。
ヘンリーは義兄の助けを借りて太陽の黒点や放射の研究を行い、感度のよい熱電流計を用いて黒点では太陽の他の部分より熱の放射が少ないことを明らかにしました。
しかし、気の毒なことにこの科学者は実力ほどには認められていませんが、彼は他にも重要な発見をしています。
・・・それはライデンびん(初期的な形式の電気容量)の放電は振動であって、その振動数は非常に速いというものです。
のちにヘルツが行った電磁放射の研究にとってこの発見は大きな価値をもっています。
1835年、ヘンリーはリレーを初めて作ったほか、非誘導性巻線を発明しました。
ファラデーが電磁誘導に関する研究を1831年に発表して名声を得たとき、このアメリカの発明家は屈辱の憂き目にありました。
ヘンリーは教育に忙しかった上に多くの委員会に関係していたので研究の発表が遅れてしまったのです。
・・・ある論文の中で彼はいっています。
「私は電気についてこの他にもいろいろな実験を行ってきた。
でももっと大切な義務のために実験の検証がこの論文には間に合わないのだ」。
・・・けれども彼の業績は認められて、1893年にはインダクタンスの単位に彼の名前が用いられることとなり、いま「ヘンリー」はSI単位になっています。
彼はファラデーと同時期に小形の電磁モーターを作りましたが、自分ではこれを単なる科学的な玩具と思っていました。
1831年彼は最初の電信装置を設計し、1マイル離れた場所の間での通信に成功しました。
今日はジョセフ・ヘンリーについて書いていきたいと思います。
彼はイェール大学で1トンもの重量物を持ち上げることのできる巨大な電磁石を作りましたが、これは当時の新記録でした。
ヘンリーによるインダクタンスの発見は電気工学の発展の上で最も重要なものの1つです。
導線またはコイルを流れる電流が時間的に変化すると、符号が異なるもっと弱い2次電流が発生してもとの電流が変化することを妨げようとします。
ヘンリーはこれを発見したのですが、もう1つの発見は、コイル内を流れる電流が変化するとこれに近接して置かれた別のコイルに電流を生ずるというもので、これは変圧器の原理をなすものです。
ヘンリーはさらに、エネルギーを与えたコイルから8マイルも隔たった別のコイルに電流を生じさせて針を磁化する実験を行いました。
・・・おそらくこれが電磁波の利用の最初と思われます。