スミスからケインズにいたるほとんどすべての経済学者は、スミスの誤りをそのままに・・・
市場、総需要あるいは通貨供給量は、経済の動きの外で決定されるいわゆる〈外生的〉な嗜好やテクノロジーとの相互作用によって、企業家の機会を決めるものであり、企業家は単に市場を見張り、存在する需要を調停し、力とか利潤とかで表わされる彼らの自己利益の最大化を図る取引をすると主張しています。
多くの企業家は、たしかに〈企業家〉の言葉の意味するとおりにそうした役割を演じています。
すなわち、市場という舞台で他の2人の役者の間に入る人間の役目を果たしているだけです。
それがトマス・クーンが〈通常科学〉と呼んでいる企業家の機能です。
しかし企業家の主要な役割は、科学者の最も大事な役割と同じように、既存の市場あるいは理論の間隙を埋めるのではなく、まったく新しい市場あるいは理論を生み出すことです。
このことで彼らに限界があるとすれば、それは彼ら自身の想像力と説得力だけです。
彼らは画家と同じようにまだ何も描かれていないキャンバスの前に立っています。
詩人と同じく何も書かれていないページを目の前に広げます。
創造的な芸術家と同じように、企業家たちはまったく新しいものを自分たちが支配しようとしている世界にもたらすのです。
もちろん、いったん出来上がると、製品はその価値と稀少性が精密に計算される市場で交換されることになります。
そのような貨幣と財の市場の状況は経済学が深い注意を払うに値する対象です。
しかし経済成長の源泉はこの領域をはるかに外れたところにあります。
経済の成長は自由な人間の頭脳と意志のなかにあり、彼らの創造性と勇気、ねばり強さと信念によって決まるのです。